DATES 干しナツメヤシ

 イラクにフセインという独裁者がいて、砂漠の戦士は一握りのデーツで一日戦い続けることができると叫んだ。湾岸戦争で負けて別荘の穴の中に隠れていたが捕まった。たぶんデーツを食べて餓えをしのいでいたのだろう。
 しつこい甘さとザラザラした皮が舌に残る。シリアのパルミュラが本場らしくて収穫された生の実が大きな倉庫に山のように積まれていた。道端ではオバさん連が籠をならべて通りかかる車に売っている。枝つきの一房を買ったが一小隊まかなえるほどを残して捨ててしまった、我が家の評判は悪い。
デーツの国は食事も質素だ。シリアやアラビアの食堂はどこも肉は鶏、飯はケチャップ・ライスだけ。コックは鶏のスープで炊いていると胸を張るのだが不味い。豊かな食生活ができるのはモロッコだけだ。しかしマラケシュで砂嵐にあいホテルから出られなくなった。町中のすべてのものを薄黄色の砂漠からきた暴風がもぎとろうとする。パーム椰子、手のひらという意味だそうだが根こそぎ倒されパームが虚空をつかんでいる、腕相撲なんかするのがいけない。しかしデーツはこの椰子には実らない。稲妻が光り停電になってエアコンと冷蔵庫が切れる、じっとしているしかないがビールがぬるくなっていく。暑くて寝られるものではない。朝飯はカチカチのパンと薄いスープ、ジャムとデーツだけ、料理ができないのだから仕方ない。
 アメリカにもパームスプリングスという町がありお洒落なコテージの屋根に椰子の葉があしらってあったりする。ニッパ椰子ともいうが同じものだ。サンデッキで冷えたビールまではいいのだがメニューはチップスにピザ、ホットドッグにハンバーガー、その量の多さ、毎日ではうんざりする。この国の兵士はデーツでは戦わない。
DON‘T MIND

 ワシントンからニューヨークへジェットストリームという飛行機に乗った。名前はロマンチックだが飛行場の一番すみのゲートに行くと、双発の小型機がトンボのように飛びたっている。
 客は6人だけで扉を閉めるとすぐにプロペラを回して滑走する。コックピットは開けっ放しだ、昔にもハイジャックはあったがアメリカ人はおおらかだった。
 パイロットは少女ともまちがえそうな金髪の少年、隣の席にはリンゴのような頬をした大男、それは新米と指導教官のようだった。
 さあ飛び立つぞ、教官がそんな言葉を発すると少年はたくさんのスイッチを押していく。一つ押し忘れがあって指摘されると赤くなって感謝の言葉をつぶやく。ドン・マイ、大男が微笑する。ふわりと飛び立った。雲の上に乗り出す時に機体がブルブル震える、客はコックピットから目が離せない。
 すぐに水平飛行になった。教官はどこからかコーヒーとサンドイッチを取り出して少年に差し出す。いらないという素振りを見て自分が大口あけて食べ始めた。飛行機はたえず小刻みにぶれるので操縦桿を細かく調整する、車を運転するよりはるかに大変そうだ。時々、大男が穏やかに話しかける、少年は尊敬と信頼の表情いっぱいに答える。こんなことをやってみろと促されて操縦桿を操作すると、飛行機はすぐに反応して機体が大きく傾いた。
 訓練を終えて実地飛行に乗り出したばかりなのか、当然、成年に達しているのだろうが、ほっそりした腕に細かい金髪が光っている。大男は少年の横顔を愛おしそうに見る。飛行機は雲を切り裂いて青空を飛んでいく。
 1時間でマンハッタンが見えた、彼らの表情が軽くなっていく。そしてまたふわりと着地した。やったね、爽快だった。
 サンテクジュペリの乗った連絡機は砂漠に消えた。不時着を決意したときドン・マイと言ってくれた人はいなかった。
DRESS
 GパンにTシャツ、これが旅の基本だ、下着にも寝巻きにもなる、2泊3日分の着替えがあればたいがい間に合う、不足したら買えばいい。洗濯物は部屋に干せばクーラーや暖房で朝までには乾く、居住空間が狭くなるのは我慢しよう。安宿の全自動洗濯機もかなり普及してきたがつきっきりで見張っていなければならないのが面倒だ。気楽なホテルやゲストハウスに連泊するなら物干し場を使わせてくれるし夕方になれば取り込んでおいてくれる。クリーニングに出してもアジアならその日の夕方に届けてくれる、ただし雨が降らなければ。インドでランドリーに頼んだ自分のワイシャツが裏庭の木の枝に干してあるのを見た、下を牛が歩き回っていた。
 ゴムゾーリも必需品だ。飛行機の床は汚れているので履けばいいし、ちょっとした買い物に出るのも便利だ。しかし裏通りや市場を散策するのはよした方がいい、得体の知れない汚水がはねるからだ。
 念のためフォーマルにも使える服を持っていっても着るチャンスは少ない。インドのホテルでホールの結婚式をのぞいていたら一緒にどうぞと招かれた。その時は白いブレザーを持っていたので、しめたばかりに着がえて入っていったら一番の上席に連れて行かれた。花嫁、花婿の隣だ。お祝いを述べる人が次々に丁重に挨拶しにくる。さて困った、お祝いはいくら包むべきか、お土産をもらって退散した、あの人は誰だろうと不審に思われたか。インド人は見栄っ張りだから外国人が式に加わるのを喜ぶそうだ、花を添えたと思っておこう。
 エジプトのピラミッドでフランス人の男が上下白のスーツに赤いバラまで飾って気障な仕草をしていた。そこへラクダが後ろ向きに近づいて突然、尿をした。黄緑色の奔流があっというまに白のスーツを染め上げた。なんとも気の毒で、かつ痛快な思い出だ。
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