JEWERY
 キラキラ光る物はカラスも好きだそうだが下の娘は宝箱からザラザラすくう宝島体験がしたいと言う。しかし世界で一番宝石が並んでいるトルコのトプカピ宮殿ではルビーもサファイアもガラスのように見えてしまう、大きすぎるからだ。ターバンにつけたダイアモンドだって夜店だったら「よくできているね」のひとことだけだろう。
 それに較べれば琥珀美術館には時間をかけて熟成した驚異がある。枕にしたというような大きなのはともかく、ハエや蚊が閉じ込められているくらいなら手が出せる値札がついている。自然な形のまま壁にさりげなく埋めておいて琥珀の光を照らすのはどうだろう、恐竜の歯やアンモナイトを散りばめてもいい。地球の重みが十分に感じられる
 旅先で現地直売の宝石を買う、ミャンマーのルビーや翡翠、オーストラリアのオパールとトルコ石、アメリカだって虎目石などがジェムストーンとして売っている。もちろん良い物は外に出し、ちょい難ありのを安く売っているのだが、それを承知で買えば土産と言う付加価値がつく。どれも新品だから骨董屋の宝石のように負の付加価値、前の持ち主が残した恨みなどがついていないのがいい。落としたら探すのに苦労するような宝石を女房はひょいと買おうとする。値切り交渉が始まる。これはどうだ、どれがいいのか、それはだめだあれはいくらだ。2個で1個分、いや3個なら2個分、2個で1個半だ、さっきから目を光らせていた下の娘が即、便乗して手を出す。
 東洋の真珠が香港で、地中海の首飾りがトリエステ、スペインの赤い宝石がグラナダだ。
旅人の驚嘆だか現地の自画自賛だか、行ってみれば道路にはゴミが散乱している。
昔は海の輝きをエメラルドに例えたが今はアクアマリン、麗人の妖しい瞳はサファイアだったのがトパーズに変わり、ずいぶん安価になった。
JOB
   マラケシュのジャマエルフナ広場は大道芸の本場だ。ジャグリングや火吹き、アクロバット、剣呑みなど単なる思いつきで始めたような芸を何代も継承して仕事にしている、それゆえ投げ銭はシビアに要求する。しかし芸人が引き揚げる時間が早いので、後の広場には屋台が取り残され水売りが手持ち無沙汰に歩き回っている。
   オレンジを二つに割り手押しの圧搾機でジュースを絞る屋台の子どもの技に感動した。10才くらいだろうか動きがすばやく無駄がなく、あっというまにもう一杯。思わずプロだねと言ったらうれしそうだったが釣り銭が足りなかった。指摘したらちょっと照れて返してよこした、まだプロの修行が足りない、ごまかし方に。
   外国の子どもはよく働く。一次産業、家内工業、サービス業、石工からギャルソンまで屈託なく仕事をしている。スコットランドのフェスティバルに行ったら駐車場は学校の校庭で、誘導から料金徴収まで小学生が行っていた。きっと教室にいるよりもずっと楽しいだろう。
   トルコの田舎の町工場で油まみれで働いている子どもたちを見ていたら、その父親が出て来て自慢した。親孝行なすばらしい子どもたちだ、こんなに立派に育てた自分が誇らしい。学校に行きたいだろうとか友だちと遊びたいのか、そんなことを聞く雰囲気はなかったし、子どもたちも楽しそうだった。日本の子どもは学校にしか行けないのか、それは可哀想だね。へぇ試験があって、成績が友だちと較べられて、塾にも行く習い事もある、それでは遊ぶ時間がないじゃないか、そんな地獄みたいなとこには暮らせないよ、きっとそう返事をするだろう。
   江戸から明治に訪日した訪米人は日本の子どもが大切にされ自由に振る舞っているのに感動したらしい。子どもはキリスト教では小さな大人で聖母マリアが抱いているのもやがて十字架にかかるキリストだ。しかし日本では神様からの授かりものだった、富国強兵の前までは。日本の子どもたちも昔は良かったと慨嘆するといい。
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