S00N
 客とウェイターの間合い、これも文化の尺度だ。とにかく待てないのが韓国で座った途端に皿がでていらいらと注文を催促する。
 インドは悠久の大地、入り口に番兵のいるようなレストランに入ると軽く二時間はかかる、空腹を感じてからドアをくぐっては手遅れだ。シーンと静まった奥の方から影のように現れるウェイター、意味どおり待たせる人の登場だ。注文を聞くと後も見ずに静かに去っていく。あまり待たせるので料理場をのぞくと、しゃがんだご婦人が香草を石臼で摺っている、何もせず立っているだけのコックが数人、職掌がカーストで厳しく定められているのだからしかたない。
 イタリアのボーイは小気味いい、キビキビと動き回りニコニコと笑いかける。客が言いかける前にもう察している、OK、同じワインでいいかな、Soon。ついでに隣の注文を聞いて、先ずこちらに持ってきて、隣に届ける。客への仁義を承知している。食べ終われば好い間合いでコーヒーどうですかと言いにくる、そして彼の顔が真面目になる、チップの時がきた。注文のメモの合計、それに見合う紙幣、ほどよく釣りが残る額ならばよし、そうでないと笑顔とサービスが…客にとっても危うい一瞬だ。プレーゴ・サンキューと言ってウェストポーチに小銭を投げ込んでくれれば客とボーイの交流は終わる。またどうぞとは言わないのが流儀だ。
 ドイツの小さな町のレストラン、テラス席いっぱいに初老の男女が歌っている、だいぶ酔っているらしい。ふだんは謹厳とみせて酔うとはめをはずしたがる南ドイツ人だ。アコーデオンが一台、昔、日本でもよく歌った山の歌、ワンダーフォーゲルの合唱だ。一人が歌いだし、あとの者が唱和し途切れることなく続ける。困ったことにウェイターが来ない。室内の席には客がまばら、テラスだけ盛り上がっている。あちこちのぞきこんでいたらようやく注文を取りにきた。あれ、どこかで見たような、なんだ歌のリーダーだ。あなたは?皆、仲間、今晩は同窓会、あれが先生、指差した所にひときわお年寄りがいた。一緒に歌おうと引っ張られた。Soon、ビールさえ飲めればいい。
SOUVENIR
 ちょっと前までは「これ安う買うたで」という関西と「お値段?相応ね」という関東の文化の相違があったというのだが、いずれにせよ物を買うのはぞくぞくすることだ。だから、今まで買った中で一番のお土産は?お世辞でもそう聞かれるとうれしい。
 上海で黒漆のサイドボードを買いました、もちろん船便です、代金と船賃が同額だ、安かったな、これは関西風の言い方だ。木箱から中国生まれのトカゲが出てきたが店のサービスだろう、我が家にまだ住み着いている。
 ナイロビで大きな豹を見つけた、真鍮製で重さ30キロ、家族だから重量は気にしないですむ、さあどうしよう。ヨルバ風のとぼけた顔を毎日見に行っていると値段が3分の1になった、しかし買わなかった。豹が恨みがましい顔をしたのは、たぶん日本に行きたかったのだろう。
 インドでシタールを買った、モロッコでは絨毯、利川では李朝の青磁、モーリシャスの帆船模型は細心の注意で抱えてきたが、やはり少し壊れて難破船状態になった。しかし、目につく物が欲しくなるうちが華で、今は現地のスーパーでいじましく食材や衣類を買っている。それにしても肉果物野菜とご禁制の品が多すぎる。
 久しい旅仲間は若いうちから石一つ、思い出はこれだけでいいと達観したようなことを言っていた。今は量が増えすぎてどこで拾ったのか思い出せないという。墓石に敷きつめて追善供養をしてやるよと約束している。
 中国人団体客がホテルの品を持ち帰ってしまうという苦情があるが、かつて日本人ツアーもそうだった。飛行場でカップやスプーン、石鹸、タオルを見せ合って自慢する人たちがいた。少し前、片付けをしたら憧れだったホテルのスプーンがひょっと出てきて思わず赤面した。スプーンは黙して語らないがニヤッと笑ったようだった。
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